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一年の半分以上が雪で包まれる北の大地。
山がちで平地に乏しいこの地の賑わいは他のどの地方と比べても物寂しく、気温が低い上に日照が限られていて農作物の収穫量も限られてしまう。
一度寒波が訪れれば飢饉に陥り、食べるものが無くなって餓死する者が続発する。
離散が相次いで戸籍上の人口が零になった村すらある過酷な環境ではあったが、そんな場所でさえ人類の営みは存在していた。
先祖代々の農地を耕す者、猟や漁で口を糊する者。
遠く江戸に君臨する天下人が将軍を名乗り全国を統一してから数百年、厳しい自然の中でも戦乱は起きることなく彼らの日常は続いてきた。

だが、国の中央からは遠く離れたこの地域にも動乱の波は押し寄せていた。
遡ること一年、遥か南西の地において力を付けた大名が挙兵したのである。
錦の御旗を推戴した彼らは維新を唱えて道中の諸大名を滅ぼしたり降伏させながら江戸まで攻め上り、そのまま長らく天下を統べてきた王家をも滅ぼした。
そして新たな政府の樹立を宣言すると、その余勢を駆って未制圧の辺境へと攻め込んできたのである。
厳しい寒さの中で生きてきたこの地の武士達は、屈強さを以て天下に名高い。
軽くない混乱に陥った諸藩は、協議の末に南より攻め寄せてきた新政府軍に対して連合して戦うことを決定。
国力の差を考えれば撃退などまず不可能であり膠着させることがやっとであるが、豪雪が降って進軍が不可能になる冬まで耐えきることが出来ればこちらの勝ちである。
そんな思惑の下に精強な武士達は少数ながらも厳しい環境と地形を生かして奮闘し、情勢は数ヶ月に渡り膠着した。

しかし、戦線は不意に崩壊した。
新政府軍は数百年前に遠い異国より舶来した銃という武器を大量に持ち出してきたのである。
北の諸藩も持っていない訳ではなかったものの、絶対数があまりにも違い過ぎた。
地形の効果は距離という優位性によって相殺され、残ったのは圧倒的な兵数の違い。
もう武士達に敵を食い止める力は無く、彼らは刀の届かない距離からの一方的な攻撃の前に呪いの言葉を呟きながら次々と地に伏していく。
籠城した城郭も大砲という別の火器により次々と陥落し、連合はその構成者の大半を失って崩壊した。
そしてそれは、この国の北端にある地でも例外ではなかった。
砲撃で崩れ落ちた石垣、刀を手に倒れ伏す武士達、派手に燃え盛る天守。
どこでも見られるような光景が、この地にも広がったのだった。










万年雪に覆われた山中を、一人の男が歩いている。
銀杏髷に結い上げられた髪型に、藩中でも評判だった彫りの深い整った顔立ち。
日照の少ないこの地の住人の多分に漏れず肌は寸分のくすみも無く白いが、今は全身が真紅に濡れそぼり画布に塗料を浴びせかけたようにその色に塗り潰されている。
彼は深い山中であるにもかかわらず、その身に紅く染まった具足と刀を纏っていた。
その後ろには足跡と具足より滴った血が転々と遺されていくが、それも新たに降り積もった雪によって瞬く間に覆い隠される。
吹き荒ぶ吹雪は、彼の逃亡を手助けするかのように進んだ痕跡を消していた。

男は、つい明け方まで自らが守る城へと攻め寄せる新政府軍と戦っていた。
刀を誇りとして訓練を積んできた彼ら武士にとって、大量の銃砲を主兵装とする敵との戦いは絶望的なものだった。
頼みの城門や城壁は砲によりいとも容易に破壊され、奥から現れる大量の銃の前にその場での防戦さえ儘ならず後退を余儀なくされる。
武士達も複雑な構造の曲輪を生かして弓や少数の銃で懸命に抗戦したが、焼け石に水。
圧倒的な兵力で攻め寄せる敵軍の前に、彼らはいとも容易く虐殺されていく。
一方的な戦況を天守より見届けた城主は降伏を決意し、命を下された武士達は抵抗を中止して城は新政府側へと明け渡された。
藩の重臣としてそれまで全軍の指揮を執りながら奮戦していた男。
凄腕の剣士としても知られていた彼は主家の降伏を見届けると、拘束を避けてたった一人城を脱出した。
そして敵からの落ち武者狩りの手を逃れるため、山中へと足を踏み入れる。
温暖な地域から攻め寄せた兵士達には、常冬である極北の山へ入るのは難しい。
やがて血痕も足跡も雪によって消え失せ、逡巡の末に彼らは男の追跡を断念していた。

「……ぐっ」

雪上を歩いていた男がふと腹部を押さえ、低く苦悶の声を洩らす。
抑えた手の下から、重力に従い鮮血が流れる。
数日に渡り続いた絶望な戦いの最中で、彼もまた銃弾をその身に受けていたのだ。
刀の鞘を杖代わりに突き、体重を預けながら足を進める。
ただ白い冬木だけがどこまでも続く、代わり映えのない景色。
迷ってしまわぬよう狩りのために何度も山に入っている土地勘を頼りとし、彼はその中を歩く。
ここまでの道、未だ熊や狼に出くわしていないことが幸いだった。
普段であれば難なく斬り殺せるものの、深傷を負ったこの状態では撃退出来るかは分からない。

「暫し、休まねばな……」

意志の力だけで意識を繋いでいるような状態の男が独りごちる。
銃創を腹部に負った状態で、深い雪山を数時間に渡り歩き続けてきたのだ。
いくら厳しい北の地で生まれ育った屈強な武士であろうとも、相当な体力の消耗は避けられなかった。
決して表には出せないが、疲れが溜まりきっておりこれ以上歩行することは不可能に近い。
かといって、極めて気温が低いこの場所で力尽きることは死を意味する。
彼が鞘を頼りにどうにか前に進んでいると、やがて視界の端に洞窟が見えた。
ただでさえ寒い地方の更に雪山という過酷な環境の中ではあるが、洞窟の奥は意外と暖かいことを彼は経験則で知っている。
もしかするとそこをねぐらとする熊が中にいるかもしれないが、それでも座して死を待つよりはずっとましである。
半ば感覚を失いかけている手足の力を振り絞り、彼は洞窟へと足を踏み入れた。










洞窟の奥。
果たして、そこには本来であれば姿があってもおかしくないはずの熊や蝙蝠は棲んでいない。
そこに唯一人の住人として生きているのは、若い一人の女であった。
腰まで伸びた艶やかな黒髪に、白いを通り越して半ば透明にまで輝く素肌。
薄暗い中に浮き上がる露草色の紬を纏った姿は、あたかも人ではないかのような魅力を纏わせていた。
彼女は入り口に背を向けて立っていたが、鞘の先で石の地面を鳴らしながら入ってきた男に反応して顔を少し振り向かせる。
男の目に映る背中越しの横顔でさえ、すらりと鼻筋が通りまるで氷像のように美しい。
もしも女が都に住んでいたならば、名だたる歌人に一顧傾城であると美貌を称えられ世に存在が知れ渡っていただろう。

「何方に御座いますか?」

女が、血のようにしっとりと朱い唇を開く。
そこから紡がれる声もまた女の外見に恥じずに透き通り、小さな声量にもかかわらず洞窟全体に届いていた。

「済まぬが、暫し休ませてくれぬか……」

酸素に触れて赤黒く褪せた血と雪に塗れ、男は鞘を支えとしたまま膝を突く。
腹部に深手を負い血を失い続けながら、半日近くもの間険しい雪山を踏破してきたのだ。
いくら藩随一の武士として知られた彼であれど、無事に耐えきれるものではなかった。
幸いにして、万年雪に覆われた深山の奥地は涙まで凍ると謳われる程に冷たい。
その寒さ故に傷口が保護されどうにか命だけは失わずにここまで辿り着くことが出来たが、もしここがもっと温暖な気候の地域であったならば彼はとうに息絶えていただろう。

「構いませぬ。ゆるりと御休息致されませ」

嫋やかな声色で承諾すると、彼女は優雅な身のこなしで男の方に近付く。
彼の全身を包む鎧を脱がせるのを手伝うと、大きな背に腕を回して自らの肩を貸した。
嫋やかに細い肢体であるにもかかわらずそれに似合わぬ力で肩に掛かる体重を支えた彼女は、奥に敷かれている熊革の傍にまでゆっくりと近付くとその上に男の巨体を横たえさせる。
獣の革。
この国では蒲団や紙衾を寝具として用いるのが一般的であるが、この辺りでは熊や兎の皮をなめしたものが一般的に用いられていた。
冷気は床を這うように進むため、極端な寒冷気候であるこの地方においては南方で使われているような薄い寝具を用いて眠るようなことは非現実的だったからである。
その巨体を横たえて余りある程の巨大な毛皮の上で、男は張り詰めていた息を軽く吐いた。

「かたじけない。もし有ればで構わぬが、針と糸を貸してはいただけぬか」

男が横腹の銃創を手で押さえながら女に話し掛ける。
雪の中を歩いている間は半分傷口が凍ったようになっていたために出血は少なかったが、外と比べればであるが暖かい洞窟内に入った今はそうはいかない。
身体が温もりを取り戻すにつれ、次第に出血が増え始めていた。
ある程度の傷口を縫い合わせる技術は習得していたが、急いで止血しなければやがて命を失うことになるだろう。

「銃、なる武器で御座いますか」

女は鎧を外したことで露わになった銃創に目を向けると、壁際に敷かれている様々な日用道具の並べられた簾へと近付き身を屈める。
そして、男が要望した物をその中から見繕った。

「知っておるのか、珍しいな……。あ奴ら、あれ程の数を用意してくるとは」
「昔、母より聞いたことがあるのです」

銃という言葉を口にした女に、男が幽かに驚きを見せる。
もっと豊かな藩の領内ならばまだしも、絶対数が少ないこの辺りでは武士以外の身分の人間で銃の存在を知っている人間は滅多にいないのだ。
傷口を見てそれが銃創であると言い当てられたことに彼が驚いたのはそのためだった。
即ち、武士階級ではないと思われる(何しろ絶対数が少ないのだからもしも藩士の家の生まれであれば顔くらい知っているはずである)この女が銃創を知っているのは不可思議なこと。
男は驚きと共に敵の密偵であるのではないかという僅かな疑いを浮かべるが、すぐにその考えを放棄する。
温暖な地に生まれ育った人間が、平気でこのような深山に潜んでいられるはずがないのだ。

「母より、か。貴殿の母は、どうやら育ちのいい人物であったらしいな」
「ええ。……御所望の針と糸に御座います」

女は捜索を終えて立ち上がり、軽く返事をしながら男に要求された物を手渡す。

「感謝する。無ければ火で炙るまでだが、やはり縫合した方が望ましいのでな」

冗談めかして言いながら、男は自らの胴に洞穴のように空いた銃創を縫合していく。
その手つきは、いかにも武士然とした巨体とは裏腹に流れるように素早い。
麻から作られる麻酔薬無しで肌に針を突き刺しているにもかかわらず、口からは苦悶の声一つ聞こえない。
外に積もる雪によってほとんどの物音が殺された静寂と沈黙の中、彼は程なくして縫合を終わらせる。

「器用でいらっしゃるのですね」
「以前見よう見真似でしてみたことがあったのだ」

長らく続いた平和で実戦こそ無かったとはいえ、彼は狩猟などで怠ることなく武芸を磨いてきた。
険しい山中で獣を逐うことは、それ自体が鍛錬たり得るのである。
逆に、時には獲物に手傷を負わされたり事故で怪我をすることもあり得た。
城まで何時間もかかる場所で怪我を負った際に、医者が傷口を縫合している様子を思い出して真似をしたことがあったのである。
そんな時間的余裕も無かったのでこの銃創は放置してきたが、新政府軍との戦いで負った手傷を落城前にもいくつか自分で縫合していた。

「さて、このまま眠ってしまっても構わぬか? 情けないが、さすがに限界のようだ」
「必要なだけお休みくださいませ」

縫合を終えて針と糸を返した彼は、女に尋ねる。
数日に渡ってほとんど眠らぬまま籠城戦を戦い続け、落城すると決して浅くはない手傷を負ったまま吹雪が止むことのない深山を半日近くも歩く。
とても常人に可能な行動ではない。
それを為し得たのは偏に屈強な肉体と精神力故だが、さすがにそろそろ限界に達しようとしていた。
身体が睡眠を求めている。
女に了解を得ると、男はそのまま泥のような眠りに落ちたのだった。










その女は、人ではなかった。
彼女は人々の間で長らく語り継がれてきた伝承の中において、俗に雪女と呼ばれている存在である。
伝承においては代々伝聞され続けるうちに少しずつ付加されていった様々な憶測が語られるが、それらの大半は真実ではない。
言うなれば雪山の化身である雪女は一年中雪が融けることのない深山において自然から生まれ落ち、故郷で死を迎えることの無い悠久を過ごすのだ。
彼女らが覚醒するのは、殆どの場合は人がまず立ち入れない崖の中腹や幽谷の底である。
そして、大半はそこから出ることなく外の世界を知らぬままに一生を過ごす。
言うなれば山の化身であるため山から降りることが出来ず、故に彼女らのほとんどは孤独だった。
だが、誰とも出逢わないまま過ごせた者はかえって幸せだと言えるかもしれない。
体温が無い雪女にとって、人間の体温はあまりに暖かい。
その温もりという概念自体を知らぬまま生きていることが出来るのだから。

――だが、もしも何かの偶然で誰かと出逢ってしまったら。
彼女らが生まれるような場所で人間が暮らすのは非常に難しい。
ましてや人間と化外、本質的に異なった存在である。
温もりを教えてくれた相手はいずれ死ぬか、或いは暫くすれば山を後にしてしまう。
永く続く一人きりの時間。
今までは平気だったはずのそれは、終わらない拷問へと変わる。










翌朝、男は毛皮の上で目を醒ました。
素早く意識を覚醒させた彼が現状を確認しようと周囲に目線を走らせると、この空間の主である女が部屋の奥で料理を作っていた。
どうやら、彼女が作っているのは鍋料理の類いらしい。
しばらく湯気や煙の流れを観察していると、どうやらこの洞窟には更に奥に外へと続く入り口か何かがあることに気付く。
そうでなければ大気が流れずに窒息してしまうので当然なのだが、この洞窟はそれなりの規模があるらしいことが理解出来た。
女には悪いが、この場所が麓に近いのであれば抗戦用の拠点として使えるかもしれない。
彼がそう考えていると、調理が一段落したらしい女が折よくこちらを振り向く。

「お目醒めになられましたか」

女が麗しい朱唇を開く。
その声は相変わらずに済み、湯の煮え立つ音にも構わず男の耳に届く。
男は横たえていた身体をゆっくりと起こした。

「済まぬ、女子の寝処を奪ってしまった」

開口一番、謝罪の言葉を述べる彼。
状況的に仕方が無かったとはいえ、自らを匿ってくれた相手の寝処を奪ってしまっている状況は彼にとって快いものではなかった。
彼我の身分を鑑みれば感謝こそすれど謝罪の必要は無い場面ではあったが、もし女がいなければ今頃自分は高確率で死んでいたのである。

「構いませぬ。どうぞ、ゆるりと気をお休め下さいませ」
「かたじけない」
「鍋を用意致しましたが、お召しになられますか?」
「頂こう」

女が壁際の食台を男の枕元に近付け、その上に完成したばかりで湯気を多く立てている鍋を置く。
寒冷なこの辺りでも盛んに野生する芹を大量に用いた、この地方では普遍的な鍋料理だった。
中の具材は女によって椀に盛りつけられ、男へと手渡される。
彼はその上に酢醤油を少し掛けると、肉と芹を一緒に口に運んだ。

「ふむ、兎肉か。美味だな」
「折よく、罠に掛かっておりました故に」

兎肉は、熊肉と並びこの地方で最も頻繁に口にされる食材だった。
熊と異なり兎は罠を用いれば非力な者でも捕らえられるので、必然的に食す機会が多くなる。

「何故このような場所に住んでおるのかは問わぬが、女子が一人で暮らすにはこの場所は厳しかろう。にもかかわらず、このように美味な鍋を某の為に作ってくれた貴公には礼を言わねばな」
「貴方様の為です故」

孤独を伴侶として生きる宿命の雪女には、温もりと愛の区別がつかない。
そのため、自分の前に現れた人間には尽くそうとし執着する傾向が彼女らにはあった。
男の為ならば、彼女にはこの程度の労力は苦にはならない。

「雪中で芹を採るのは辛かろう」
「もう慣れましたわ」

孤独には、もう。
言外にそういった意図を籠めた女のことを、男は持っている知識や振る舞いなどから何処かの大名の落胤であろうと認識していた。
御家騒動か何かで故郷を逃れ、この山中に逃げ延びたのだろうと。
彼はあまりに過酷な環境で暮らす女に同情心を抱く。

「美味であった」

そして、食べ終えた男が箸を置く。
椀は空になっていたが、所詮は椀一杯の量である。
本来、武士であり体格のいい彼にとってこの程度で事足りる筈が無い。

「もう食べられないので御座いますか」

女が訝しげに問う。
男の摂取量は体躯に比して明らかに過少であった。

「普段なら某一人でこの程度の量は食べ尽くすのだがな。何故か今はもう満腹なのだ」
「……左様ですか」

不思議そうなのは彼女だけでなく男自身もだった。
彼が答えながら身じろいだ拍子に、はだけた襦袢の合間から素肌が覗く。
女の瞳に映ったそこは、黒く変色していた。
思わず彼女は眉を顰めそうになるが、どうにか表情の変化を抑え込む。

「流石にこのまま発つのは難しいな……。済まぬが、数日厄介になっても構わぬか?」
「無論に御座います。存分にお身体をお休めくださいませ」

ここまで逃亡する中で蓄積された疲労は一日眠った程度では完全に取り去ることなど到底出来ず、ましてや怪我を負った身であればなおさらだった。
いくら屈強な彼と言えどもこのまま出立することは現実的な選択ではないことを自分でも理解しており、故に女に尋ねる。
女は即座に快諾の意を伝え、男は更に数日の間この洞窟で身体を休めることとなった。










数日に渡り共にこの洞窟の中で過ごすこととなった男と女。
しかし食事を口にすることは単なる娯楽であり何も食べずとも生き続けることの出来る女とは異なり、人間である男は食事をしなければ生命を保つことが出来ない。
だが雪中に埋めておけば長期間の保存が可能であるとはいえそれ程の量の肉を備蓄していた訳ではない(そもそもが女が自分のために用意していた分でしかないのだ)ため、昨日食べた鍋料理によってそれは尽きてしまっている。
故に、材料の確保のために熊もしくは兎を狩りに出る必要が生まれていた。
猛吹雪が吹き荒んでいるが現在は暦の上では夏に当たり、そのために生息している熊は冬眠せずに山中を盛んに移動している。
その為に熊を狩ることとなったのだが、とは言っても未だ怪我の治っていない男が山を移動して熊を追跡するのは体力面で非現実的である。
そこでまず女が熊の姿を探し、近くに発見したら男が弓で射抜くこととなった。
他にも雪の中でも育つ芹を取りに行く必要もあり、女は熊を探しながら芹も採集することになる。

「済まぬな。本来ならば追い立てるのも某の仕事なのだが」
「構いませぬ。どうか気になさいませぬよう」

弓を手にしながら謝意を告げる男に言葉を返すと、女は紬を纏ったまま猛吹雪の続く洞窟の外へと進み出る。
この山では季節など関係なく一年中続く吹雪。
極めて低温であり人間ならば余程の毛皮を着込んでいない限り瞬く間に体温を奪われていくだろうそれも、しかし雪女たる彼女にとっては何事も無いも同然である。
寒さ一つ感じることなく、彼女は純白に降り積もった雪の上を歩いていく。
吹雪は人間の体温と体力を奪うだけではなく視界をも大きく制限するが、雪山の化身のようなものである彼女は山の中に棲んでいる生物の動きを全て感覚で窺い知ることが出来る。
男には告げなかった事実。
洞窟の入り口で弓を持って待機している男から見えない位置にまで移動すると、立ち止まって瞼を閉ざした彼女は生物の気配に感覚を済ます。
程なくして近くに熊の存在を発見した女は、普段獣の肉を食べる時のように雪女としての力を用いて相手を洞窟の近くへと誘導した。
それから傍らに生えている芹を採って何食わぬ顔をして男の元へと戻り、彼女は熊の存在を男へと伝える。
やがて吹雪の中から茶色い毛の巨大な獣が現れると、その頭部へと向けて弓を引き絞った男は狙い澄ました一矢を放つ。
彼の弦を切らんばかりの常人離れした膂力により放たれた矢は狙いを過たず正確に命中し、一撃で熊を仕留めてみせた。

「お待ち下さい。傷を縫合したばかりであまり力を出すのは危険で御座いましょう」
「しかしな」
「私にお任せくださいまし」

洞窟から出て雪上へと倒れ伏した熊の巨体を内部へと運ぼうとした男を、女がやんわりと押し留める。
そして代わりに外に進み出た彼女は、周囲に生える大木より更に重いだろうそれの腕を掴むと洞窟の方へと引きずっていく。

「……重くはないのか?」
「斯様な場所に暮らすためには、この程度出来ねばなりませぬので」
「そのようなものか」

下手な木造の建物一つに匹敵するような重さの亡骸を引きずる女であったが、人ならざる彼女にとってはこの程度の重量は重いと感じるうちには入らない。
彼女は容易に動かすと、熊の巨体を洞窟の中へと引き入れていく。
その様子に心配と違和感を覚えた男が尋ねると、女はそう答える。
それを聞き、完全に疑問が消えた訳ではないもののひとまず納得する彼。
怪我をしていない万全の状態の自分ならば同じように熊を引きずることくらい簡単であるし、このように過酷な場所で暮らしていれば細身に見える女でもそれくらいの力が付くのかもしれない。
そんなことを考えながら洞窟に入ると、男は持っている太刀を抜いて亡骸を解体していった。










余った分を保存のために外の雪の中に埋めると、捌きたての熊肉と芹を煮た鍋を女と共に囲った男。
食後にしばらくとりとめのない会話を続けていた男が、ふと尋ねる。

「昨夜は某が寝処を用いてしまったが、貴公は何処で眠っておったのだ?」
「私でしたら、床で眠っておりました。お怪我をなされていた貴方様の安息を妨げてしまう訳には参りませんでしたので」
「では、今日は貴公が用いるがよい。某は壁に背を預けて眠ろう。合戦ではいつもそうしている」

必ずしも医師による治療を受けられるとは限らないのと同じように、戦場においては必ずしも横になってゆっくりと身体を休められるとは限らない。
乱戦が続いた場合などは味方と交代で周囲を見張りつつ敵のいない物陰で眠ることも多く、座った状態で眠りにつくことに彼は慣れていた。

「お怪我をなされている貴方様に床で眠っていただく訳には参りませぬ。貴方様がお使い下さい」
「いや、世話になっている身でそういう訳にはいかぬ。貴公が用いられよ」

互いに毛皮の寝処を譲り合う二人。
本来であれば雪女は睡眠を取る必要など無く、何百年であろうとも覚醒し続けていることが出来る。
故に女にとっては怪我をしている男こそ毛皮を用いるべきだと思っていたが、そのようなことを知る由もない男は逆に石の上に直接眠ることに慣れていないだろうと思われる女こそ寝処を使うべきだと思っているのだ。

「……でしたら、共に用いることと致したく存じます。幸いにも、この大きさであればそれも叶いましょう」
「承知した。ではそうさせていただこう」

激しい譲り合いの末、どちらも主張を譲らぬ挙げ句の妥協として二人は共に寝処で眠ることとなる。
寝処として用いている熊の革にはそれが可能なだけの大きさがあった。
人間であれば頬が真っ赤になっていそうな表情の女が先に入ると、続いて男も隣に身体を横たえる。
身体同士が近付いたことにより、互いの体温が分かるようになる。
肩を貸された時は自らの体温が吹雪の中でほとんど奪われていたために気付かなかったが、とうにそれを取り戻している男には女の肌の冷たさが衣服越しに感じられた。

「冷たいな」
「女の身に御座います故」
「そうか」

言うまでもなく、少し前に鍋料理を口にしたことによって温まっているはずの女の体温がまるで吹雪の中に今の今までいたかのように低い理由は彼女が雪女だからである。
しかし、期せずしてここを訪れた漢によって人間の温もりを知った彼女はそれを失うことを恐れ自らの正体を明らかにすることを憚っていた。
誤魔化すような言葉を口にする度に心を痛めつつも、彼女はまた真実を偽る。
知識として異性の体温が低い傾向にあることを知っていた男は、そんなものかと頷いた。

「……貴方様、お慕い申し上げております」

その後、束の間場を支配した無音。
静謐を切り裂くように、ふと女の透き通るように白く冷たい指先が仰向けになった男の胸元を這う。
ほぼ同時に口にされた小さな声が男の耳に届いた。

「……よいのか?」

女の方へと顔を向け、男はそう問い返す。
それなりに齢を重ね、先立たれた妻と結婚していたこともある彼には女の意図を理解することくらい容易だった。

「無論に御座います」

女が言葉を返すと、自然と向かい合うような形になった二人の唇が近付く。
やがて距離が埋まり空隙が失われると、互いの舌が絡み合い吐息と唾液が交わされる。
温もりを持たず冷たいはずの女の体温は、しかし男にはとても熱く感じられた。
そして上半身を軽く起こした男の刀を握ってきた無骨で大きな手が女の細い腰に巻かれた帯を緩め、紬の襟をはだけさせていく。
露わにされる中の膨らみ。
布地による戒めから逃れ出た柔らかい胸は目にする者を堕落へと導こうとするかのようにふるふると淫らに揺れた。
だが、いきなりそこに手を伸ばすような不躾なことはしない。
二人の唇が離れると、男は艶やかな女の鎖骨の辺りに何度も口付けを落とす。
大柄な体格や無骨な手とは裏腹に、そっと冷たい肌に触れるだけの穏やかな愛撫。
生真面目な彼は地位とそれなりの俸給があっても女遊びに耽るような人間ではなかったが、とは言っても結婚していた以上異性と身体を重ねた経験は何度もある。
そのため、どうすればよいか分かっている彼は女の身体を前にしても戸惑い一つ見せずに触れていた。
少しずつ気分が高揚し始めていることを示すように、封じるものの無くなった女の唇からは荒い息遣いが漏れ出す。
白磁のようにきめ細やかな肌は元々体温を持たないがために紅潮することはなく普段と全く色を変えていなかったが、けれども声色と吐息とが彼女の状態を雄弁に物語る。
それを耳にした男は着物の襟の部分を開かせると、重力という誰もが経験則的に知る自然法則によって僅かに形を崩しながらも小山のような重厚さを失うことのない膨らみへと手を伸ばした。
吸い込まれそうなくらい柔らかく、だが元の形に戻ろうとする弾力も持つ。
相反する二つの要素を併せ持った女の胸の感触は、およそこの世でも並ぶものが無いだろう。
まるで触れる者を二度と離れさせまいとするかのように蠱惑的な触り心地。
並みの男であれば我を忘れて貪っていただろうが、彼にはそれに耐えられるだけの強靭な精神力があった。
性交という行為は快楽を求めることが目的の一つである以上、苦痛を与えては本末転倒である。
そっと胸に触れた男は、無骨で大きな手の中にさえ収まりきらない程に豊かなそれを揉み始めた。
まだほとんど力を入れていないにもかかわらず膨らみは自在に形を変化させ、指先はあたかも水中に沈み込むように柔らかい肌の中に吸い込まれていく。
――果たして力を込めて思う存分揉みしだいたらどれほど気持ちいいだろうか。
魔的ですらあるそんな誘惑を抑え込むと、男は慎重に女の情欲を導こうとする。
男は未だ知る由も無いことであるが、山奥で孤独に暮らしこれまで人間の姿を目にしたことすら無かった女に性交の経験があるはずもない。
異性と身体を重ねることを生業とする遊女であれば、大輪の花を開かせた肢体は容易に愛撫を受け入れるだろう。
しかし、これが初めてである女の身体はそのような準備が出来ていない。
故に彼女の身体はまだ昂りを覚えてはおらず、胸に触れられていてもただ相手の体温を感じるのみであった。

「ひ、ぁっ!」

男の指が先端に触れる。
周囲の皮膚とは勝手が違う場所に触れられ、これまで味わったことのないような感覚に女は思わず声を上げた。
未だ開花を待っている身体は決して快楽を覚えた訳では無かったが、けれども痛みを覚えた訳でもない。
そのことを声から察した男は指の腹でくすぐるようにそれを転がす。
敏感な器官に走る風変わりな感覚に、女の豊かな肢体が悶える。
身じろぎによって更にはだける着物、露わになる面積の増えた肌が見る者の情欲を蠱惑的に誘う。
思わず身体は小さく震え、胸板が跳ねる。
まるで精緻に形造られた氷像のように美しい女が未知なる感覚への不安に震える様子は、女に愛おしさを覚えさせた。
もっとそうした姿を見たいと思うのは男としての性。
元々、周囲より敏感に刺激を受け取るようになっている場所である。
そこに触れられ続けて、やがてただ奇妙なだけだった感覚は少しずつ快感へと変化していく。
徐々に乱れ始める呼吸。
肌は冷たいままで色彩を変えずとも、息遣いは言葉を介することなく身体の状態を物語る。

「ぁ、んん、はぁ!」

澄んだ声が岩の壁に反響する。
今まで自らを慰めることさえ知らなかった女は、それ故に免疫を持たない肉体的愉悦に翻弄されていた。
思わず目をぎゅっと閉じる。
すっかりぴんと隆起したことで、更に敏感になった先端はまるで自分の身体の一部とは違うものになってしまったかのようにさえ思えた。
そんな反応を窺いながら、男は次第に込める力を強くしていく。
大きな手が胸全体を包むも、最早それによって女が痛みを覚えることは無かった。
指先があたかも弾くように突起を擦ると彼女は大きく腰を跳ねさせ、閉じられた瞼の隙間からはひと雫の涙が溢れ出る。
快楽を受容できるように身体を花開かされていっていることに、彼女は僅かな怯えを覚えていた。

「ひ、ぁんんっ!」

突如として強まった刺激に、髪を乱して左右に頭を振る女。
男は自らの手で天を衝くように尖らせた場所に口づけ、そこをそっと吸い始める。
それにより熱い息が胸にかかり、女の熱の無い冷たい肌が温められた。
じんわりと広がる熱は、孤独を宿命付けられた雪女という種族にとっては何よりの甘露である。
男の吐く息が膨らみをそっと撫でただけで、女の思考はぼんやりと蕩けていく。
愛撫以上に、彼女を昂らせたのは熱の効果の方がより大きかったかもしれない。
先端部が唇で挟まれ、ざらざらとした舌先が擦る。
戦いの中で手入れをする余裕も無く伸び放題になった髭がちくちくと肌をくすぐり、その感触にさえ反応してしまう。
微弱な力で歯が立てられると、まるで電気が走ったように身体が跳ねる。
無意識的であるが故にその強さは覆い被さる男を跳ね除けんばかりだったが、けれどもがっしりとした男の体躯はびくりともしない。
そのまま吸い立てられる唾液の音が響くと、彼女は羞恥を煽られ顔を横に背ける。
彼女が人間ではないことを知らなければ、頬が桜色に染まっていないことを不思議に感じるくらいだった。

「ぁふ、は、あぁ……」

例えるなら、まるで堰が切れた川の奔流のような。
性経験が皆無な彼女にとって、押し寄せてくる快楽はまるで高波と表現するに相応しいようなものだった。
抗うどころかその為の術すら知らぬままに翻弄され、溺れさせられる。
やがて一通り胸への愛撫を施し終えた男が離れると、女はぐったりと全身を寝台に預けていた。
空気を求めて上下する胸板。
今しがたまで加えられる力のままにあたかも溶けかけた飴細工のように自在に形を変えていた膨らみは、瞬く間に元のそびえる丘のような状態へと復元される。
散々悶えさせられていたことで、女の着物は所々はだけている。
美しい女が通常ならば隠されているべき白い肌を露わにさせながら四肢を投げ出している姿は、背徳的でさえあった。
そして、男は彼女の纏っている着物に手を掛ける。
裾を大きくたくし上げると、それにより女の身体の全てが隠されることなく露わになった。
洞窟の中には外に降り積もった雪に反射した星と月の明かりしか差し込まなかったが、絹糸のように繊細な肌はその僅かな光量でさえ薄闇の中にはっきりと浮かび上がる。
腰は細くくびれ、左右に開かされた脚はしなやかに長い。
白い太ももには細過ぎることはない程度に適度な肉がついていて、見る者の欲情を誘う。
非の打ち所の無い身体つきは極上と表現しても決して過言にはならないだろう、全てが明らかにされた四肢はまるで芸術品のように美しい。
人ならざる故の完璧な造形は、誰もが見蕩れずにはいられないものであった。
元来着物には下腹部を覆い隠すような形の下着は存在していない。
外気にさらされた秘部はまだ触れられていなかったにもかかわらず淫らな蜜に溢れ、洞窟の内部を照らす幽かな明かりを反射する。
周囲には黒々と毛が生い茂り、剃ったりしておらずとも濃過ぎることのないそれは適度に飾り立てていた。
異性を知らないぴたりと閉じた入り口は、未だ触れられてさえいないにもかかわらず奥から蜜を溢れさせる。
視線に反応した故か、或いは室内の冷たい空気に触れた故か更に濡れそぼったそこからは透明なひと雫が太ももを伝って寝台へと流れ落ちた。
欲情の程を示す場所を見られていることを理解した女は脚を閉じて秘部を隠そうとするが、膝の辺りを掴んだ男はそれを許さない。

「そ、こはっ」

羞恥のあまり、女の艶やかな唇は小さく懇願するように動く。
一年中吹雪が途絶えることのないこのような険しい山の奥には季節など存在しないに等しいため、自分が生まれてから一体どれだけの月日が過ぎているのか彼女は知らない。
自我が生じてから今日に至るまで飽きる程に昼夜を繰り返してきた中で、一度たりともその場所を誰かに見られたことなど無かったのである。
単純に秘すべき部位を見られることが恥ずかしいというよりも、想いを寄せる相手に自らの淫らさを知られていることが耐え難かった。
だが、この期に及んではそんな懇願など無意味だった。
元より、行為を望んだのは女の側なのである。
長い脚の付け根付近を掴んで大きく広げさせた男がそれによって薄く口を開けた秘部を縦になぞると、掬い上げられた雫が彼の指を濡らした。
ぐちゅりと水音が発せられ、周囲を支配していた静謐を侵食する。
観念したかのように抗うことを止めた女は、怯えるように肩を小さく震わせた。
薄く襞になった部分に沿って何度も指先が上下すると、水音は更に大きくなる。
人差し指がそっと差し込まれると、奥からは氾濫したように蜜が溢れ出した。
今までぴったりと閉ざされていた粘膜が割り開かれる。
男の太い指は未開の場所に挿入されるにはいささか太く、それによって女が覚えたのは異物感。
十分に潤っているために痛みは無く決して不快という訳でもなかったが、粘膜に触れられる刺激を快楽に変換出来る程に花開いている訳でもない。
たとえ彼女が人間に非ずとも、人間と同じ構造をしている以上そこは臓器である。
初めて体内へと迎え入れたものに対して、内臓に自分自身ではないものが存在している異物感を覚えたのは必然だった。
紛れもない侵入者を拒むように、女の粘膜は指を痛いくらいにきつく締めつける。
異物を排除しようとする反応を前にして奥に進む動きは途中で妨げられるが、すると男は挿し込んでいる指の本数を二本へと増やした。
これからしようとしている行為を考えれば、そこを十分に広げておかねばならない。
指が左右に広げられると生まれた隙間には冷たい大気が入り込み、ひんやりした感覚を女に与えた。
雪女であるが故に寒さを覚えることは無いとは言っても、それはあくまでも温感としての話である。
純粋な刺激の一種としての冷気が全身のどこよりも敏感な粘膜に走り、女は思わず腰を跳ねさせた。

「ひぁ、あ、はんっ」

男の視線にさらされる褪紅の肉と、冷たい刺激。
それはまるで積まれた炭の中に種火を入れるかのように、秘部を本来の役割のために花開かせるきっかけを与えるには十分過ぎる程だったのである。
ただ未熟だっただけで、既に存分に愛撫を施されて昂ぶらされているのだ。
一度火が点いてしまえば開花は早く、女の唇からは高い喘ぎが上がる。
熾烈だった指への締めつけは未だに狭いながらもまるで愛しい恋人を抱擁するように穏やかなものとなり、軽く前後させただけで女の声を甘く蕩けさせる。
蜜はまるでもう前戯など不要だと訴えるようにしとどに滴り、寝処の上に小さな水溜りを作っていた。
周囲を覆う毛は濡れ、ぺたりと肌に貼りついている。
もうこれ以上の愛撫が必要無いことは誰の目にも明らかだろう。
指を引き抜いた男は、自らの纏う着物の裾をたくし上げて固く滾ったものを露わにする。
目の前で完璧な造形を誇る絶世の美女が淫らな姿を見せているのである、精神力と過去の性交の経験によって平静を装ってこそいたが欲情せずにいることなど不可能だった。
その威容は、女の細い手首と同じくらいの太さはあるかもしれない。
視線の先で姿を表した巨大な迸りを前に、異性のそれを初めて目にする女は気圧されるように思わず息を呑んだ。
今から、それが自分の体内に入れられるのである。
そう意識すると、今しがたまで挿し込まれていた指の形に開いたままの秘部の入り口がひくりと動いた。

「怖いか?」
「はい、少しだけ……」

男が広げられた両脚の間に身体を入れて自らのものを押し当てると、二人の粘膜がそっと触れ合う。
体温を持たぬ雪女には、固いものが孕んでいる温度は火傷してしまいそうな程に熱く感じられた。
威圧感さえ覚えてしまい、自然と強張る白い身体。
緊張を和らげさせるように、男は無骨な手で優しく長い髪を撫でる。
伝わってきた温もりによって、安心感を覚えた女は少し全身の力を抜く。
それを好機とばかりに男が腰を進めると、彼女の秘部はほとんど抵抗も無く巨大な侵入者を受け入れていった。

「ぁ、ひ、んんんっ!」

根元まですんなりと押し込まれると、一気に最奥までを貫かれた衝撃が女の全身に走る。
敏感になった粘膜を擦られ、女の細い叫び声が周囲を構成する岩に反響した。
けれども、山の化身たる彼女の寝処であるが故に熊はおろか蝙蝠一匹すら棲んでいないこの洞窟においてその声を耳にするのはただ一人だけ。
男が二人の繋がり合った場所に目を向けると、そこからは破瓜の血が一筋流れ落ちている。
けれども身分にもよるが未婚の女性に性経験が無いことが珍しくないこの時代、男が驚くことは特に無かった。
破瓜の痛みを覚えてはいないことを見て取った男は、細くくびれた腰をがっしりとした手で掴むと腰を前後に動かし始める。

「……っ!」

愛しげに想い人を迎え入れる淫らな場所。
男が抽送する度、巧緻に形造られた冷たい襞は彼のものを摩擦する。
それはつまり、性交による快楽を覚えているのは初めての体験に翻弄されている女ばかりではないということ。
奉仕するかのようにきゅうと粘膜に絡みつかれる都度、男もまた強烈な快楽を味わっていた。
過去に何度も異性と交わった経験を持つ彼だが、目の前の女の秘部は今までの相手とは比べ物にならぬ程の刺激を与えてくる。
その理由は女の素性を知っていれば明白であったが、今の彼には知る由も無いことでもあった。
呻いてしまわぬように周囲を髭に覆われた唇の下で歯を食いしばる。
相手は異性を絶頂へと導くための手管など何も知らないことが幸いだっただろう。
女が何もしておらずともこれ程膨大な刺激を与えてくるのである、さもなくば疾うに追い詰められていたはずだ。

「ぁふ、あぁ……ぁ、なたさまっ!」

蕩けた表情。
突き上げられる度に衝撃で女の豊かな胸が震え、荒い息遣いの中に溶けそうな声で切なげに悶え啼く。
揺らされるままに絶えず形を変える膨らみは、それを見下ろしている男に対して視覚的に欲情を覚えさせた。
質量を奥まで押し込まれるごとに頭が真っ白になるような衝撃が脊椎を遡って走り、女の意識は快楽の奔流に押し流されて何も考えられなくなる。
どうにかその場に踏み留まろうとするかのように、彼女は半ば反射的に剥き出しの脚を男の腰に絡みつけた。
それにより二人の距離は限りなく密着し、より深く繋がり合うことになる。
事ここに至れども、女の肌は紅潮することもなくただ雪と見紛う程の白さと冷たさを固持していた。
もし女が人間だったなら、今頃その玉膚は汗でしっとりと潤っていただろう。
しかし、どれだけ彼女の肢体が冷たかろうとも唇から零される息遣いは何よりも熱い。
混ざり合う吐息、そして二人が紡ぎ出す空気はまるで真夏の熱気に包まれているかのような錯覚を感じさせた。

「ぅ、くっ」

寡黙な男が、噛み締めた歯の隙間から小さく呻き声を零す。
抽送の度に激しく収縮して熱い質量を締めつけてきた淫らな肉が、脚を絡められたことで更にきつさを増したのである。
欲情によって熱くなった身体を冷まそうとするかのような触れ合った肌の冷たい感触も、行為の妨げにはなり得なかった。
傾城の美しさを持った異性とまぐわっているのだという事実と、女の秘部が与えてくる快楽とを前にすればたかがその程度の事柄が昂りきった本能を抑え得るはずがない。
最早思考さえ困難になりされるがままに啼いている女と比べれば理性を保っていられているとはいえ、極上の肢体を味わっている彼にも然程の余裕がある訳ではなかった。
ましてや、最近まで睡眠さえ満足に取らず戦い続けていた男は半月以上の間性交はおろか自らを慰めることさえしていなかったのである。
現在は普段と比べずっと絶頂に向かいやすい状態にあるのであり、むしろ雪女特有の冷えきった肌は男にとって熱暴走しそうになる欲望に歯止めをかけてくれる適度な冷却材であるとすら言えた。
それを標にどうにか自分を保っている彼は、右手をくびれた腰から離して豊かな膨らみへと這わせる。
しばらくは経験の無い相手を慮って加減をしていようという考えは、疾うに彼の頭の中からは消えていた。

「ぁん、は、あ、ぁあ!」

抽送を速めた男は、自らのものを勢いよく突き入れながら女の胸を揉みしだく。
仰向けの状態で重力に従う膨らみを手のひらで掬い上げるように掴むと、依然としてぴんと尖ったままの胸の先端を指で転がす。
秘部を深く抉られる快楽だけでも純潔だった身には我を忘れてしまう程だったというのに、更に別の場所への刺激も加えられては耐えられるはずもない。
ぎゅっと閉じられた眦からぽろぽろと涙が流れ落ち、薄闇の中にきらめく。
女の甘い叫びと共に、肌と肌がぶつかり合う音が氷柱の生える岩肌に反響する。
幻想的に浮かび上がる真っ白な肢体の中、腰を叩きつけられている臀部だけがほのかに桜色に染まっていた。
無論のこと、そうして相手を追い詰めれば更に締めつけが苛烈さを増すのだから彼にとっても諸刃の剣のようなものである。
手加減などしていては自分が先に達させられてしまうと、男はまるで刀を抜いて敵と立ち合っている時のような真剣さで女のことを抱いていた。
下腹からこみ上げてくるものを感じ、それを抑え込むために彼は鍛え上げられた腹筋に力を込める。
細やかな襞を摩擦する度にまるで意志を持っているかのように絡みついてくる秘部を相手にそう長くは耐えていられないだろうと自覚しつつ、先に女を達させるために行為を激しいものにさせていく。

「ひ、ぁああ、ぁうううぅ! ぃ、んん!」

男の指先が胸の先端を摘まみ、強く力を込める。
必然的に鈍い痛みを覚えた女だったが、その痛みでさえ蕩けきった頭では快楽に変わる。
頭の中が真っ白で、彼女は自分でも何を口にしているのかよく分からなかった。
痛がっていないことを確かめると、男は摘んだままそこを軽く引っ張る。
芸術に対しては武士として一定の素養を持っている彼だが、見下ろした先で淫らに喘いでいる姿を正確に記録することはどんな画家にも不可能だろうと確信していた。
否、男が今までに目にしたことのあるどんな美術品よりも今の女は美しかった。
単なる人間に過ぎない彼が腕の中の女を抱いていることは、美を冒涜する行いなのかもしれない。
脳裏にはそんな考えさえ過るが、だからこそ彼は女の絶頂する姿を目にしたいという願望に襲われる。
それは紛れもなく男としての本能的な欲望に他ならなかった。
そして、さしたる余裕も啼い彼はその衝動に抗うことを放棄する。
全身の体重を乗せ、豊富な体力に任せて荒々しく腰を叩きつけた。
その都度がくがくと全身を揺さぶられる女は、一突きごとに小さく絶頂しているような状態に陥っていた。
けれどもそれは彼女の身体に蓄積された快楽を押し流すのではなく、むしろ階段を上っていくように回数を重ねる度に積み重なっていく。

「ひあぁ!? ぁ、は、んんんん!」

いくら人間に非ざる身と言っても、耐えられる量には限界がある。
それを見て取った男が渾身の力で自らの欲情を押し込むと、洞窟の外にまで届くような叫びを上げて女の全身が硬直した。
雨が降り続いた末に堰が決壊するように、遂に彼女は絶頂を迎えたのである。
反射的な反応として強張る全身。
これまでにない強さで秘部の肉が収縮すると、やはり限界近くにまで上りつめていた男もあたかも搾り取られるように熱いものを解き放つ。
まるで滝のような勢いの迸りに、冷たい内臓を染め上げられていく女は身体をのけぞらせ白い首筋を露わにしながら更に達し続ける。
そうして彼女は数分に渡って絶頂を繰り返した。
やがて長い叫び声が途絶え、硬直していた女の肢体から力が抜ける。
ぐったりと寝台に預けられる四肢。
人生で初めて絶頂を味わって、彼女はたまらず気を失っていたのである。
相手が失神していることを見て取った男が少し固さの衰えたものを引き抜くと、侵入者の立ち去った秘部からは中に放たれた白濁が大量に流れ落ちてきた。
適当な布を取った彼は僅かな量の血と混ざって桃色がかったそれを拭うと、着物を軽く整えてやる。
性交の後始末を終えて女の頭を撫でると、男は近くの床に腰を下ろして冷たい石の壁に体重を預け眠りについた。










想いを重ね合った二人は、翌日もその次の日も同じように褥を共にする。
そして数日が過ぎた朝、交わり合った後共に眠りについていた彼らは身体を寄せ合ったまま言葉を交わす。

「これまで世話になったが、貴公にいつまでも世話になっている訳にはいかぬな」
「……そのような」

男は、遠回しに別れを告げる。
彼には果たさなければならない目的があった。
そのために戦わなければならない敵がいた。
女が自分に想いを寄せてくれていることは当然分かっているが、かといっていつまでもここに留まり続けている訳にはいかないのだ。
意図せぬ想い人の言葉に、悲しげに蛾眉を顰めた女は男が纏う袴の襟を細い指で弱々しく握り締めた。

「済まぬ。だが、某はそろそろ発とうと思っておる」
「それはなりませぬ!」

続く言葉に、彼女は血相を変えて悲鳴のように声を絞り出す。
本人は気付いていないが、男の胴の皮膚は城からここまで逃れてくるまでの間にかなり壊死している。
通常は手足の指先から始まっていくのだが、男は胴に銃創を負っていた。
故にその周囲から壊死していったのである。
今でこそ生まれながらに持ち合わせた人ならぬ力を用いて密かに進行を食い止めているものの、弱った身体でこのまま発てば数時間もしない息絶えるだろう。
雪女の本能で分かってしまうその事実が、女の必死さに繋がっていた。
考えてみれば、男は傷を縫合する際にも薬を飲んでいないにもかかわらず苦悶の声を上げなかった。
その時は男の強靭な精神力の賜物だと思っていたけれど、今にして思えば既に傷の周囲の感覚が失われていたのだろう。

「何故だ?」

ただ別れを惜しむには不自然な程に血相を変えている女に対し、男は訝しげに問う。

「貴方様は、まだ完全に疲れが癒えてはおりませぬ。斯様な状態で雪山へ出るのは無謀で御座いましょう」
「死んでいった者達の為、某は何時までもここに留まっておる訳にはいかぬのだ」
「然れど……!」
「貴公の心遣いには感謝しよう。残していくことも済まぬと思っておる。だが、それでも某は征かねばならぬ」

女の言葉を心配と名残が入り混じった故のものであると解釈した彼は、心苦しげな口調ながらはっきりと告げると身体を起こす。
――駄目だ、私にはこの御方を止めることは出来ない。
死すら覚悟した者特有の覇気を漲らせた姿を前にして、彼女はそう悟った。

「ですが、今の貴方様では銃を相手には」
「無念だが、それは事実だ。だが、某はそれでも戦わねば……ぐっ」

女を振り切るように寝台から立ち上がって鎧を身に着けようとしていた男が、不意に苦しげに表情を歪ませた。
決して完全に癒えた訳ではない、もう完全に癒えることはない傷が傷んだのだ。
それに気付いた女は、慌てて身を起こすと彼の元へと駆け寄る。

「貴方様!」

本人は気付いていないが、血色を失った蒼白な顔。
その肌の色を見れば、男の命がもう長くはないことが誰であっても分かるだろう。
彼が山中で負った凍傷は、銃創と共に身体を深く蝕んでいた。
今でさえ強引に命を繋がせている状態であり、このままでは彼女の手から離れて一刻もしないうちに男の身体から魂魄が失われることになるはずである。
それは嫌だった。
男との出逢いによって温もりという概念を識ってしまった彼女は、それを手放したくないという衝動に支配される。
今までのように一人きりで暮らし続けるということを想像しただけで気が狂いそうになる。
温もりの無い、冷たいだけの雪が憎く思えてしまう。
彼に死んでほしくない。
その思いは果たして愛か、或いは欲望なのだろうか。

「ならば、銃も刃も届くことのない化外に御成りなさいませ」

自分でも分からぬまま、彼女は残酷な誘惑を口ずさんだ。
今までと同じようにか細く、けれどもどこか妖しげな色を秘めた女の声が男の耳に届く。
それは、銃という絶対的な力の前に絶望を覚えていた彼にとって救いたり得るものだった。

「……貴公は何者だ?」

女の方へと視線を向ける。
先程までと何も変わっていないはずの姿が、しかし纏われている気配のせいで全く違ったものに感じられた。

「この山の化生、雪女に御座います」
「ふむ、左様か」
「警戒なされぬのですか?」

打ち明けられた女の正体。
まるで何でもないことのような反応を見せた男に、彼女はほっとしながらも意外さを覚えた。
生まれつき知識として彼女らに備わった同胞達の歴史では、人間は雪女を敵と見做すことも多かったのだから。

「もしも貴公に害意が有れば、某はとうに命を奪われておろうよ。今更警戒する意味もあるまい」
「ふふっ、左様で御座いますね」

くすくすと、艶やかな笑みを浮かべる女。
男が初めて目にした彼女の笑顔は、あまりに蠱惑的で美しかった。
それさえも、今は男を誘う毒牙となる。

「真に、某は化外と成れるのか?」

主家を滅ぼし戦友達を虐殺した憎き怨敵を屠れるのならば、たとえこの身が化外となろうとも構わない。
人ならざる道にとて喜んで堕ちてやろう。
そんな固い忠義と暗い怒りを抱いている男の心を、女の誘惑は蜘蛛の糸のように絡め取っていく。

「はい。化外と成れば、銃も刃も如何なる攻撃であろうとも受けつけませぬ」
「それは良いな。元より失いかけた命なのだ、人であることに未練など無い」

そもそもが山の化身である雪女は、刀で斬られようとも銃で撃たれようとも何の痛痒も感じることはない。
彼女らを傷つけ命を奪おうとするならば山ごと消し飛ばすような大規模な攻撃を加えるか、または何らかの魔術的な手段を用いる必要がある。
そしてそれは、男にとってまさに望む力に他ならなかった。

「……後悔は、致しませぬか?」

その問いかけは、女の最後の良心だろうか。
どこか哀しみを秘めた表情で、目を伏せた彼女は男にそっと問い掛ける。

「ああ」

だが、彼は後戻りすることは無かった。
復讐を果たすことを目論見、最後の境界を超えて先へと突き進む。
女の言葉に従うままに寝処に横たわると、脱力した彼の身体へと女の細い指が術式を施していく。
――そして男は人ではなくなり、化外となった。










あまりの険しさと吹雪の激しさのために地元の住人さえまず立ち入ることのない、とある深山の谷底。
その目で確かめた者は誰もいないが、そこにはいつから存在しているとも知れず誰の手によるものかも知れない氷像があるという。
かつてこの国に存在した武士の出で立ちを象った精巧な氷像の傍らには、氷像を愛しげに抱き締める美しい女がいるといつからか言い伝えられていた。
女は、今では着るものがごく少なくなった和服を纏っているという。

もう百年以上も昔のこと。
雪女の手によって化外となった男は、刀によっても銃によっても傷つかぬ身体を手に入れた代償として身動きを許されぬ氷像となりいつまでもそこに立ち続ける。
ただ意識だけを、人だった頃のように保たせたまま。

「お慕い申し上げております、愛しい貴方様」

自分よりもかなり背の高い氷像に身体を寄せた美しい女が、うっとりとした表情で頬に口付けた。
もう想い人は無謀な復讐のために自らの元を去ることもなく、寿命の違いによる別れも訪れず永遠に共にい続けることが出来る。
彼女にとって、孤独とは無縁となった日々はとても幸せなものだった。
だが、百年を超える時を自分の意志で動くことさえ出来ない状態で立ち続けてきた男は何を思っているのか。
言葉を発することも許されぬ彼の内心は、誰にも知る由が無かった。


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